妖怪図鑑
一次資料の伝承をもとに、妖怪たちの姿をよみがえらせるビジュアル図鑑。現在 16 体を収録、続々追加中。
あかなめ
誰もいない夜の風呂場で、桶のふちを舐める湿った音だけがする。垢を残した者だけが、その長い舌と目を合わせる。
一反木綿
夕闇の空から白い布がひらりと降りる。洗濯物だと笑った者の首に、それは音もなく巻きつく。
傘化け
百年目を待ちきれなかった古傘が、骨を鳴らして夜道に立つ。一つ目が笑えば、次の風で足元が浮く。
塗壁
何もない夜道が、突然そこから先だけ壁になる。上を叩くな。闇の足元を払えば、道はまた現れる。
塗仏
仏壇の戸が、誰も触れぬのに開く。黒い僧の顔から垂れた両眼だけが、埃をかぶった位牌を見つめている。
目々連
破れ障子の一枡ごとに、目が開く。見ているのは家か、碁打ちの執心か、それとも値のつく怪異か。
あやかし
船頭は櫂を置き、笠で油を受けては海へ返す。二日、三日。頭がどこにあるのか、尾がどこで終わるのか、誰も見た者はいない。ただ長い夜のあいだ、船の下を何かが越えていく。
いきすだま
憎んだつもりはない。ただ、あの人が病にでもなればと、ふと思っただけ。目覚めれば衣に護摩の香が染みていて、女は自分の魂がどこへ通っていたのかを知る。
いしなげんじょ
靄の底に、ありもしない岩壁がそびえる。ガラガラと崩れる音に船を返せば、翌朝の海はただ凪いでいて、昨夜の岩などどこにもない。海が見せた、一夜かぎりの島。
いそがし
手を止めると、胸の奥がざわつく。用もないのに立ち上がり、何かを片づけ、また次を探す。その落ち着かなさこそ、犬のような顔をした憑き物が、あなたの背にとまっている証だ。
いやみ
姉によく似た後ろ姿。「姉ちゃ!」と呼びかけた小僧が見たのは、似ても似つかぬ嫌らしい老爺の顔だった。笊は落ち、米は散り、あとにはただ泣き声だけが残る。うしろ姿ほど、…
うきもの
薄曇りの海に、あるはずのない島が浮かぶ。船頭が指をさし、侍が「近づけ」と命じる。こわごわ舳先を向ければ、うきものは溶けるように消えていく。海の上には、島の数だけ嘘…
うわん
買ったばかりの古屋敷。片づけを終えて床につくと、闇の底から家じゅうを揺らして「うわん」。朝、隣に問えば「そんな声は聞かぬ」と笑う。夫婦だけが、赤い目をしていた。
おいがかり
比婆の夜道は暗い。足音は自分のものだけ——のはずだった。ふいに、背に重みが落ちる。ふりむいても、そこには何もいない。ただ、肩にのしかかる冷たさだけが、確かにある。
おさん狐
石橋の上で、その婦人はふいに軽やかに飛び上がった。「やはり狐か」。抜き打ちに斬り伏せた骸は、朝には老いた狐へ、そしてまた女の顔へと、幾度も姿を変えて男を惑わせ続け…
おとろし
苔むした鳥居を、不信心な足がくぐる。頭上の毛の塊がぶるりと震え、次の刹那、ドサリ――。神を忘れた者の背に、忘れられた守り手が落ちてくる。